京都アニメーション 本社

詳細情報

京都府宇治市木幡大瀬戸32

アニメ制作会社

アニメーターの兄・杉山卓の紹介で旧・虫プロダクションで仕上げをしていた杉山陽子が、転職して京都に移住し、鉄道会社の経理担当だった八田英明と結婚。宇治市で結婚生活を送っていた陽子は、再びアニメの仕事がしたいと兄に相談して、シンエイ動画の社長・楠部大吉郎を紹介してもらい、近所の主婦を集めてシンエイ動画の仕上げを行う彩色工房「京都アニメスタジオ」を創設。
1981年12月には京都のローカル情報紙にテレビアニメの彩色を教えると受講生を募集する広告を掲載。こうして半年後に、主婦らに彩色を教えながら、東京のアニメ制作会社から仕上げの下請けを請け負う会社を創業。
1985年7月12日には、陽子の夫である八田英明を社長に「有限会社 京都アニメーション」として法人化。
1986年に作画部門を設立し、1987年のタツノコプロ作品『赤い光弾ジリオン』で制作実務を請け負ったことを転機に、1990年代半ばには演出・作画・仕上げ・背景・撮影などを担える体制を整え、テレビアニメのグロス請けを始める。
1992年に、シンエイ動画からの受注で制作した『内田春菊の呪いのワンピース』では、初めて社内スタッフのみで演出から仕上げまでを担当。
シンエイ動画、サンライズ、ぴえろ、タツノコプロ、GONZOといった主要取引先の他、スタジオジブリ作品(『紅の豚』『魔女の宅急便』)の制作にも参加。
1999年に株式会社化。
2002年には『ナースウィッチ小麦ちゃんマジカルて』第1~2話にてタツノコプロと共同元請制作。
2003年、『フルメタル・パニック? ふもっふ』にて初の元請制作(タツノコプロの制作協力)。
2005年には『AIR』を全話社内のみで制作。以降、自社元請制作に専念し、毎年1作ずつテレビアニメシリーズを制作するようになる。